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拍手下さった方、ありがとうございますv



↓ちょっとジリジリするあたりです

 夜中に目が覚めたジャックは、反射的に窓を見た。
 今日も何の気配も無い。ナイフが残されたあの晩以降、ジャックはこの島の中にたった一人だった。スネークを追い出してから、もうひと月近く経っていた。
 ジャックは立ち上がって窓に近づいた。
 風の音が聞こえる。
 もうすぐ雨が降り出すような、湿った匂いがジャックの鼻腔にも届いていた。
 体力の回復も、負傷していた足の状態も、万全とは言い難いが以前に近く戻っていた。『彼』はそれを知っている筈だ……。
 ジャックは、ベッドサイドのチェストからナイフを取り出した。このナイフさえ無ければ、すべてはジャックの妄想かもしれないと思えたが、銀色の冷たい輝きは、ジャックの手の中にあった。
 スネークの愛情を、このナイフは切り裂いた。
 このナイフさえ無ければ……、ジャックがスネークを拒絶する理由は何も無かったのだ。スネークの愛情を、自分に対しての憐憫だと思い続けたジャックだったが、時間さえあれば……、スネークの気持ちに気付く事は出来た筈だ。
 これ以上は、何も無くす物など無い筈だったのに、ジャックは傷つく事を恐れた。傷などは、子供の頃から数えきれないほどに受けて来たが、ジャックはその時の痛みを思い出す事さえ恐ろしかった。誰にも触れなければ、誰からも触れられなければ、傷つかずに済むと思っていた。
 何も無く、空っぽだったこそ、ジャックはスネークを失う事を恐れて信じる事が出来なかったのだ。信じて裏切られた時の衝撃を恐れ、ジャックは自分の殻の中に閉じ籠った。結局はスネークに甘えていたかもしれない。スネークがどこまで自分の殻を外してくれるのか……、頑丈な殻の中にいる自分を、それでも見つけ出してくれたとしたら、スネークの愛情を本物だと信じる事が出来る。
 遠く離れた場所にいれば、スネークの気持ちがどうであろうと気にならないと思っていたが……、離れれば離れただけ、ジャックの心はスネークに惹かれた。スネークにこの島の安全性を尋ねてみたのも、彼との繋がりを無くしてしまいたくなかったからだ。近くにいなければ恋しくて仕方がないのに、側にいれば素直になる事も出来ない。
 ジャックにとっては、スネークは初恋の相手だった。
 体だけは無理矢理開かれ成熟させられたようなジャックだったが、その胸の内に痛みを伴ってまで恋しく思えるような人はいなかったのだ。
 ジャックは細身のナイフの刃先に、そっと指を滑らせた。
 赤い。
 浅い傷が出来て、そこから赤い血の玉が膨らんだ。
「…痛い……」
 痛みだけは、いつでも本物だった。ナイフを床に捨て、ジャックは乱暴に指先をスウェットシャツで拭った。
 他の感情は、誰かに見せられている幻かも知れないが、痛みだけは自分の物だった。
 ガラス窓に強い風が吹きつけ、一瞬ガラスが撓んだように感じた。風の中に混じる雨粒が、ガラス窓を打つ音だけが暗い室内に響いていた。真っ暗な空を背景に、黒い黒い森がジャックの目に映っている。
 『彼』は今どこにいるのだろうか……。
 スネークを思うと、ジャックの胸の内は叶わない恋の為に苦しくはなったが、暖かな思いにも満たされた。
 好きな人がいる。
 もう、応えてもらえる事は無いだろうが、世界中が敵のように思っていたジャックの中に、好きな人間が出来たと言う事は奇跡のような事だった。誰もかれも消えてしまえばいいと、自分自身を含む世界を呪ったジャックが、愛する人を持てた。たったそれだけの事で、ジャックは人としての心を取り戻しかけていた。
 ……そして『彼』は、ジャックを暗い過去に引きずり戻していた。
 己の身を守る術とはいえ、ジャックが行ってきた事は犯罪も含まれている。何事も力で解決しようとした過去が、ジャックの這い上がりかけた足に枷のように絡みついていた。
 高揚感を覚えないと言えば、嘘になるのだろう。
 スネークと過した穏やかな日々、その中には無かった緊張感がジャックを満たしていた。空っぽを埋め尽くすには、…ジャックには慣れ親しんだ感情だった。少しでも気を抜けば、喉笛を噛み切られるような緊張、それが生むストレスさえもジャックの何も無い心の中を埋めるには格好のピースだった。
 手探りに繋ぎ合わせるジグソーパズルは、ジャック次第で闇にも光にも変わる事は出来るのだが、彼には馴染みの無い光は怖いのだ……。拾い上げても指の間をすり抜けるようにして無くなってしまう、希望と言う名の光。ジャックはそれがどんな物だったのかも思い出せない。
 ジャックの手は、否でも闇を繋ぎ合わせるよりほかに無いのだった。彼が馴染んだ暗い世界、それを繋ぎ合わせる事がどんな結果を生み出すのか………。殺戮しかない過去の断片を繋ぎ合わせ、ジャックはそれだけに縋っていた。
 戻る事のない愛情を待ち侘びるより、今のジャックにはどこかで息を殺して見ているだろう『彼』にシンパシーを覚える。『彼』の事ならば、ジャックは自分の事のように判る……。『彼』が今頃どんな思いでいるのかさえ、ジャックには判るような気がした。
 ……狩りは楽しいスポーツなのだろう……。
 狩られる側に回らない為には、自分自身が狩人になるしかないのだ。
 ジャックの瞳の中に、遠い海の上で鳴る稲光が映っていた。
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