カルタゴの林檎

↓スネ雷です。

　真っ白な背中、翼を失った痕のように隆起した肩甲骨から、なだらかにそれでいて削いだように引き締まった腰までがまるで彫像のように美しかった。。
　うつ伏せのプラチナブロンドに朝日が射し、枕に埋められた頬もうっすらと開いた唇も、彼の寝顔を幼い子供のように見せていた。
　小さくマッチを擦る音は、ジャックの眠るベッドのすぐ脇でした。
　先折り煙草のモスレムは火を点ける必要はないのだが、スネークは煙を出せる状況では火を点ける事にしていた。喫煙率も著しく減少した現在をスネークは寂しい時代だと嘆くが、受動喫煙の被害を書いたプラカードを下げた禁煙団体の代表が目の前にいたとしても、喫煙をやめる気にはなれなかった。
　スネークが今まで付き合ってきたパートタイマーの恋人達は、皆スネークの喫煙を嫌ったが……、今ベッドに眠る天使の顔をした男は気にとめる風も無かった。自分の健康も、スネークの健康も薄氷を踏むような命の使い方をする中では、取り沙汰するまでも無い事だったのかも知れない。
「…ん…」
　紫煙を透かして見ていたスネークの前で、ジャックが瞼を開いた。まどろむ事もせずに、野生動物のように一気に覚醒するジャックの姿は、何度見ても見飽きない映画のようだった。
「おはよう…」
「ああ」
　液体のように滑らかな動きで、ジャックがベッドを下りるとスネークの座った椅子の足元に座った。
　白金に輝く髪に、スネークの指が触れた。こうして目の当たりにしていても、スネークにはまだこの美しい男が昨夜腕の中で歓喜の声を上げた事が信じられない。
　ビッグシェル以降、ジャックは時折スネークを訪ねて来た。オタコンの依頼を受けての事もあったが、ふらりと訪ねてくる事が多かった。任務を解かれた後、ジャックはローズと暮らし始めていたが、些細な事での衝突が絶えないようだった。
　…普通の神経をした女は、野生の虎と一緒に暮らす事は出来ないだろう……。スネークにも覚えがあった。行きずりで後腐れの無さそうな相手を選んでいたが、時には彼の思惑通りにならない女もいた。食事に酒にベッド、一緒に楽しんだら翌日は消えていてくれるもの…、連絡先も教えた事は無いのだが、いつしか日に3度の食事、毎晩のベッドを共にするようになってしまう女もいた。
　主にスネークの関心は体の相性に限られるのだが、女達は違う。スネークの名前、職業、故郷、生い立ち……彼には答える事の出来ない質問ばかりが山積みになって行く。そして、そんな平穏な時が続けば、スネークは酷い鬱症状を呈してくる。消耗するばかりの戦場が、スネークの生きる場所だった。戦場でしか生きられない男と、まともな女は暮らす事が出来ない。
　髪を撫でているスネークの指に、ジャックが猫のように擦り寄った。
　ビッグシェルでの出会いから、ジャックはスネークに惹かれるものを覚えていた。
　…記憶を封印されていたジャックは、自分の過去を知る事は無かった。VR訓練で養ったと信じていた戦場の勘は、…ジャックが実際に自分の手を血に染めて作った経歴だと知らなかった。「白い悪魔」であった過去が、ジャックの能力を作り上げているとは、知らなかったのだ。
　作り物で無い戦場の気配に惹かれているのだと思っていた。……だが、ジャックがスネークに惹かれた理由は、…同じ疵だった。心の奥底にある同じ形の疵に惹かれたのだ。
　「任務」と言う名の殺戮。スネークはシャドーモセス以前から、潜入の任務を繰り返していたが、…リキッドとの邂逅以後は、己の血の為の戦いに身を投じた。生存をかけての戦いの中に身を置いていたジャックには、スネークの逃れる事を許さない戦場が判った。好きでその場にいるわけでは無い。けれど……離れては生きられない。スネークの中に同じ線上を感じたジャックは、雷電としての任務中にスネークと関係を持った。任務に慣れない新平の不安を装ってスネークを誘った。…軍隊では珍しい事では無かったが、自分はそう言った関係を持った事は無いのだと思っていた。暇つぶしにしろ何にしろ、同じ隊の者と関係を持った事も、持とうと思った事も無いと思っていたジャックは、自分からスネークを誘った事も信じられなかったが…、スネークに抱かれた自分の体は、それ以上に信じられなかった。……ジャックの体は男を知っていた。それも封印された記憶の中での事ではあったが、体は覚えていた。
「スネーク…」
　ジャックの淡い色の瞳がスネークを見上げた。
「ああ…」
　煙草を揉み消したスネークが、ジャックの頬に手をあてた。…優しい手だった。銃を抱いて眠る男の腕は、ジャックの知る中で一番優しかった。