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↓スネ雷です。

 雪原の中を走るスノーモービルの上に、天使の羽のようなプラチナブロンドがなびいていた。
 鋼色のスノーモービルを操る身体は、削いだように無駄のない筋肉に覆われ、ゴーグルに隠されて顔を見る事は出来なかったが、スネークの眼にはそれが誰なのかすぐに判った。
 聞き慣れないエンジン音に、犬達が一瞬騒ぎ始めるが、雪を舞い上げてスノーモービルが庭に入る頃には、懐かしい匂いを嗅ぎ取っていた。
「久しぶりだな」
 休暇中の不精髭の顔が、黒いレザースーツに向けられた。
「…相変わらず、ここは寒いんだな」
 エンジンを切って、ゴーグルを外すと……白銀の髪にダイヤモンドダストが輝いた。
 逆光の中に佇む彼の姿は、どこの大聖堂に置かれても不思議は無いような完璧な美しさを湛えていた。
「これから昼飯にしようと思ってたんだ。中に入ったらどうだ?」
 犬達に歓迎されるジャックを手招きして、スネークも家の中に入った。
 ダブルドアで振り返ると、明るい日差しの中に、犬にじゃれつかれて微笑む彼の姿があった。過去の何もかもを洗い流したような笑顔が、スネークにはかえって悲しいものに見えた。ジャックの生い立ちの中には、拭っても拭い去れないような悲惨な時代があった。…もしかしたら、ジャックはこの世に生を受けて一度も安寧の日を送った事がないのかも知れない…。同じような過去を持つ男には、彼の心の中の雪原が見えた。
 戦場しか知らなかった。
 スネークも、ジャックも、…戦場しか知らずに生きてきたのだ。偉大なる男の末として…、生まれながらに伝説の兵士であったスネーク、物心つく頃には殺戮の技を数え切れないほど覚えさせられていたジャック…、暖かい腕では無く銃の冷たい腕に抱かれて生きてきた者達だった。
 キッチンに入ったスネークは、大きな寸胴鍋に水を入れて火にかける。床下の収納庫から玉ねぎと大蒜を取り出し、皮を剥くとフードプロセッサーに放り込んだ。
 寸胴鍋の隣にダッチオーブンをかけ、皮つきのじゃがいもをよく洗うと半分に切って底に並べた。切り口に僅かに焦げ目がつく頃に水を入れ、固形ブイヨンを溶かすと、そこに葱とアイスバインを入れて蓋をした。その頃には寸胴鍋の中も沸騰している。
「慣れてるんだな」
 沸騰した鍋に塩を入れタリアテッレを入れていると、ジャックもキッチンに入って来た。
「犬を中に入れなかったろうな?あいつらに人間の食いものはやって無いんだ」
「外の柵の中に入れてきた」
「そうか」
「…何か手伝うか?」
 フライパンを取り出したスネークを見て、ジャックが遠慮がちに言うと、不精髭の中に笑みが浮かんだ。
「腹が減ってるなら…大人しく待っていた方がいいと思うがな」
 にやりと笑ったスネークに言われ、ジャックが不貞腐れたような顔をした。
「お前さんに料理が出来るとは思っていないんだが…、俺の読みは間違っているか?」
「…料理はあまりしないな」
「あまりって事は、何か作った事があるのか?」
「…レーションは自分で温めて食べている」
 ジャックの答えに、スネークが咥えていた煙草を吐き出すほど噎せた。
「スネーク!」
 身を折って笑い続けるスネークを、ジャックの淡い色の瞳が睨みつけた。
「すまん……、だが…レーションは…」
 レトルトパウチのレーションを温める方法、…それは化学反応で熱を発生するバッグの紐を引くだけだった。
「…卵をゆでた事もある…」
 そっぽを向いた顔は、置き去りにしてきた少年の顔なのだろう…。至極当たり前の日常生活を、ジャックはほとんど経験した事が無かった。…少年兵としての殺戮の日々と、コードネーム雷電での暮らし…、ジャックにはそれだけしか無かった。どちらの生活も、食事は楽しみでは無く、体を作り維持するための行為だった。
「そうか、お見逸れして悪かったな。サラダを作ってもらうか」
 ダッチオーブンを煉瓦のオーブンに移して、スネークがジャックを冷蔵庫の前に呼んだ。
「サラダ…」
「そうだ。このレタスを水で洗って、食べやすい大きさに千切ってボールに入れるんだ。ボールはそこの吊り戸棚の中にある」
「…判った。やってみる」
 神妙な顔をしてレタスを受け取るジャックに、スネークの頬に笑いが広がりそうになったが…、今笑っては臍を曲げられかねない。ジャックと同じように神妙な顔を、スネークも作ってから冷蔵庫の方を向いた。
 フライパンにオリーブオイルを引き、玉葱と大蒜を炒める。大蒜の香が上がって来たところで、大きなモルタデッラをナイフで削ぎながらフライパンの中に落とす。
 大蒜とモルタデッラのピスタチオが香ばしい香りを放ち始め、スネークがトマトの缶詰を開けた。
 洗ったレタスを千切りながら、ジャックは淀みなく動くスネークを見ていた。
「本当に手慣れているんだな」
「休暇中はここに篭りきりだからな。ここじゃ、レストランまで行くのに2時間はかかる。レーションを食わない為には、自分で作る他ないだろう?」
「そんなにレーションが嫌いだったとは知らなかった…」
 新しい煙草に火をつけていたスネークがまた吹き出しそうになった。
「そっちこそ、そんなにレーションが好きだとは知らなかった」
「嫌いになる理由が無いだろう?栄養バランスもいいし、味だって不味くない」
「…俺のボロネーゼを食ってもまだ同じセリフが言えたら、俺もレーションを見直してもいい」
 スネークがタリアッテレのボロネーゼを大皿に盛って、リビングの暖炉の前に運んだ。
「スネーク、このレタスはどうするんだ」
「シンクの棚に松の実があるからかけて置いてくれ」
「松の実?」
「…判った。これを溢さないように暖炉の前に運んでくれ」
 アイスバインのポトフの入ったダッチオーブンをジャックに渡し、スネークはレタスのボールを受け取った。
 レタスに岩塩と松の実を振りかけ、ワインビネガーとオリーブオイルで和えてスネークも暖炉の前に座った。
「さぁ、食ってくれ。これよりレーションの方がいいなら、外の物置に幾つかあるぞ」
 ボロネーゼを取り分けてジャックに渡すと、しばらくは暖炉の中で薪の爆ぜる音と、食器の触れあう音しかしなくなった。
「ワインもあるが、どうする?」
 ダッチオーブンの中のポトフを取り分けてスネークが尋ねると、ジャックは静かに首を振った。
「…そうか、酒を飲んでも酔わないか?」
 スネークにもジャックにもナノマシンが入っている。アルコールは判断を鈍らせる外的要素として、速やかに分解され体外に排出されてしまう。
「酒は酔う為じゃなくて、味わう為に飲むもんだ」
 キッチンに立ったスネークが赤ワインのボトルを持って戻って来た。
「チリ産の若い赤は安くてもうまい」
「ふぅん…」
 さして興味も無さそうにグラスを受け取ったジャックが、一息にワインを呷った。
「おい、幾ら酔わないと言っても、そんな風に飲むな」
「旨いな…」
「ワインは気に入ったか?」
「食事の事だ。これならレーションを食いたく無いのもわかる」
「そうか。お褒めに与って光栄だな。デザートにレモンパイでも作ってやろうか?」
「まだデザートはいい」
 ジャックがワイングラスを置いてポトフを食べ始めると、室内はまた静かになった。

 ダッチオーブンの中身が空になって、ボロネーゼの皿も舐めたようにきれいに片付いた頃、キッチンに籠っていたスネークがいい香の皿を持って戻って来た。
「レモンパイだ。好きなだけ切っていいぞ」
「…本当にパイも作れるんだな…」
「これは簡単だ。オタコンでも作れる」
「へぇ…。エメリッヒ博士も?」
「ああ、冷凍のパイ生地を焼いて、缶詰のレモンフィリングを乗せる。その上にフードプロセッサーで泡立てたメレンゲを乗せて焦げ目がつくまで焼けばいいんだ。出来そうだろ?」
「…レモンパイのレーションがあればいいのに…」
 メレンゲの柔らかい所に齧り付きながら言うジャックに、スネークが肩を震わせた。
「…エメリッヒ博士はいないのか?」
「オタコンに用事だったのか?来週まで帰らないんだが…」
 コーヒーカップを渡しながら、スネークが煙草に火をつけた。
「セイフハウス宛に届いた郵便物の回収と、通販しておいた物を取りに行ってるんだ。…ここは、地図上には存在しない所だからな。サンタクロースも素通りする」
 自分のカップを取り上げ、コーヒーを啜るスネークをジャックが見詰めた。
 暖炉の炎を映し込んだ瞳は、それ自体が燃えているような輝きを放っていた。ボーンチャイナのように滑らかな肌も、炎の赤が写りこんでまるでほろ酔いのようにジャックを見せている。
「…ジャック…」
 唇の端に付いたレモンフィリングを嘗めとる舌先、薄いピンク色のその舌からスネークの眼は離せなくなった。
「ここは…本当に寒いんだな…」
 床に座っていたジャックが、ソファに座るスネークの膝に頭を乗せた。
「…エメリッヒ博士が戻るまででいい……ここにいていいか…?」
 柔らかい銀色が、スネークの膝の上に広がった。
「ジャック…俺とオタコンは別にそう言う…」
「知ってる…」
 髪を撫でるスネークの指に、ジャックの手が重ねられた。
「でも、俺の事を知らせる必要は無いだろう?……俺は陰でいい…。あんただけが…俺を知っていてくれたら…それでいい…」
 自分の膝の間にしゃがみ込んだジャックの肩を、スネークの腕が引き寄せた。…これも、ジャックの処世術の一つだった。力で抗う事が出来るようになるまでは、…殺されない為の『技術』を必要とした。…そして、それは時としてジャック自身の孤独を埋める行為でもあった。望まぬ相手であろうと、嫌いな相手であろうと…、身を寄せ合う時だけは人肌の温もりを感じる事が出来た。
 アーセナル以降、ジャックも『亡霊』として生きていた。スネークとオタコンは反メタルギア組織、フィランソロピーを解体しより地下に潜行する事になった。
 二人とも、陽のあたる場所とは無縁に生きる運命を背負っているようだった。
「…ジャック…」
 スネークの腕がジャックの肩を抱きしめた。
 一時の慰めでしかないかも知れない。…慰めとさえならないかも知れない。スネークは、犬達に向けたジャックの笑顔を思い出していた。
「スネーク…」
 まるで恋を告げるように、偽りの名前が呼ばれた。コードネームでしか無いと知りながら、ジャックはスネークの瞳を見つめ…、そっと目を閉じた。
 雪原の天使は、…やはり、天を自由に飛翔する事の出来るセラフィムでもケルビムでも無かった。
 ただの人の子。
 人知を超えた能力を有するが…、ただの人の子、片翼の天使だった。

 我々は、片翼の天使……、互いに抱き合う事によって、やっと一対の翼を手に入れる事が出来る……。

「ジャック」
 ひっそりと名を呼んだ唇が、薄い唇に柔らかいキスを落とした。
「レモンパイの味がするな…」
「…スネークは煙草の味がする…」

 互いに抱き合うのは…、空に帰る夢を見るため。


 部屋の中は、暖炉の中で薪の爆ぜる音だけに埋められていた。
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