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↓スネークはデフォで焼餅焼きがいいです
真っ白な世界だった。
ドッグフードの大きなバケツを持ったジャックを、橇犬達は神妙な目付きで見守っていた。陽気な性格のハスキー犬やマラミュート達は、本当はジャックに飛びついて甘えかかりたいのだが、ジャックの後ろに立っているご主人様の瞳がそれを許さない。
「犬ってもっと人懐っこいのかと思ってた」
餌を各々の皿に分けながら、ジャックが気の抜けたような声を出すと、スネークはにやりと笑った。
「うちの犬達はすごくフレンドリーだ。お前さんに覚悟があるなら、仲良くさせるぞ」
ジャックは不思議そうにスネークを見ると、
「よし!」
スネークが犬達に向かって両手を広げて見せた。
「え…わ!」
急に背中にかかった重みに、ジャックがバケツを取り落として転んだ。辺り一面に散らばったドッグフードには見向きもせずに、犬達は転んだジャックの周りに集まって来た。
「ぅわっ…スネーク!」
犬達はジャックの匂いを嗅ぎ、手足にじゃれかかり、顔と言わず頭と言わずに大きな舌でべろべろと舐めた。鼻先を髪の中に突っ込まれて匂いを嗅がれるのがくすぐったいのか、ジャックは身をよじりながら笑っていた。
しばらくジャックが犬達と転げまわって遊ぶのを見ていたスネークだったが、一際体の大きなマラミュートがジャックの背中に圧し掛かるのを見て声をかけた。
「プカック!」
鋭いスネークの声に、ジャックの背中に乗り上げようとしていた犬が後ずさった。
「スネーク?」
他の犬達もジャックから離れ、静かに座ってスネークを見上げていた。
プカックと呼ばれた犬は、ジャックを起こそうと近づいたスネークの目を見ないようにしながら、首をあちこちに回している。
「お前さんにマウントしていいのは俺だけだ」
「…え……」
腕を取って立ち上がらせたジャックを、スネークが犬達に見せつけるように抱き締めた。
「犬に焼餅を焼く事は無いだろう?」
ジャックが呆れたようにスネークを見ると、
「あいつら、自分の気に入りには絶対匂いをつけるんだ。犬好きは大体初対面でやられてるが、マーキング用のおしっこは匂いを消すのが厄介なんだよ」
だから行儀よくさせておいたんだがと、頭を掻いた。
「俺は何にでも焼餅を焼くぞ」
スネークがジャックの髪の中に顔を埋め、低く笑うような声で言った。
「歯ブラシにも、ベッドにも、グラスにもフォークにも、お前に触れるものには全部焼餅が焼けて仕方がない」
ジャックは小さく笑いながら、スネークの背に腕をまわした。
焼餅と言いながら、スネークはジャックの過去について何も言わない。あの島でも、ここでも、スネークは過去の出来事に関して何も尋ねない、何も責めない。スネークにとっては、ジャックの過去は彼の中に残る小さな部分でしか無かった。今ここにいるジャックだけで、スネークにはそれで十分だった。愛し合う為に、過去は何の枷にもならない。ジャックの中が憎悪に塗れた過去に溢れていたのは、この間までの事なのだ。スネークも愛し守る者を持たない空虚は、既に過去のものだった。
「スネーク」
強請るように見詰める瞳は、深い深い森の中の泉。誰にも穢す事も殺す事も出来なかった無垢な魂がそこにあった。
ジャックは今まで眠り続けていたのかもしれない。非道の中に置かれても、魂は固く閉ざした殻の中に守られていたのかもしれない。そんな風に思えるほど、今のジャックには翳りも無かった。だが、それはそんな綺麗事で済ませる事は出来ないのだ。虐げられ、抑圧された虐待の日々が、ジャックに与えた傷は大きかった。人として当たり前の感情を、全て削ぎ落されてしまったようなジャックの心は、一人の男によって再構築された。形を留めないほどに破壊しつくされた心の欠片を、こちらも心などは体のどこにあるのだろうかと疑うような男が一つ一つ拾い集めた。
彼の笑顔が、彼の眼差しが、彼の声が、彼の腕が……、ジャックは神々しくさえ見えるスネークの顔を見上げた。戦いの中に洗い流されたような笑顔がそこにあった。
ずっと待っていたのは、この男だったのだろうか……。ジャックの瞼が、キスを待つように伏せられた。
恐怖と嫌悪に塗れた暮らしの中で、自分自身の手で生き抜くだけしか無かったあの頃から、いつか誰かがこの地獄から救い出してくれるのではないかと思っていた……。無力な子供が憧れるヒーロー。好戦的な衝動を植え付けるように見せられた映画の中には、常に強靭な肉体と精神を備えたヒーローがいた。こんなヒーローが、自分達を苦境から救ってくれるのではないか……、それがどれほど甘い事なのか、死んで行く自分と同じ年頃の子ども達を見ながら冷めて行った心。
だが、ジャックのヒーローはここにいた。生きた伝説と言われるほどの、本物のヒーローだった。あり得ないと思った存在は、ジャックを抱き締めて暖かい口づけをくれる。
「スネークを、待っていた……」
解かれた唇の間で、子供のような頼りない声が言った。
スネークはその言葉に、目を細めて笑みを浮かべた。
「ああ、待たせたな」
伝説のヒーローは深く優しい声で言って、ジャックを抱き締めた。
空は真っ青に晴れ、ここは真っ白な真っ白な世界だった。
ドッグフードの大きなバケツを持ったジャックを、橇犬達は神妙な目付きで見守っていた。陽気な性格のハスキー犬やマラミュート達は、本当はジャックに飛びついて甘えかかりたいのだが、ジャックの後ろに立っているご主人様の瞳がそれを許さない。
「犬ってもっと人懐っこいのかと思ってた」
餌を各々の皿に分けながら、ジャックが気の抜けたような声を出すと、スネークはにやりと笑った。
「うちの犬達はすごくフレンドリーだ。お前さんに覚悟があるなら、仲良くさせるぞ」
ジャックは不思議そうにスネークを見ると、
「よし!」
スネークが犬達に向かって両手を広げて見せた。
「え…わ!」
急に背中にかかった重みに、ジャックがバケツを取り落として転んだ。辺り一面に散らばったドッグフードには見向きもせずに、犬達は転んだジャックの周りに集まって来た。
「ぅわっ…スネーク!」
犬達はジャックの匂いを嗅ぎ、手足にじゃれかかり、顔と言わず頭と言わずに大きな舌でべろべろと舐めた。鼻先を髪の中に突っ込まれて匂いを嗅がれるのがくすぐったいのか、ジャックは身をよじりながら笑っていた。
しばらくジャックが犬達と転げまわって遊ぶのを見ていたスネークだったが、一際体の大きなマラミュートがジャックの背中に圧し掛かるのを見て声をかけた。
「プカック!」
鋭いスネークの声に、ジャックの背中に乗り上げようとしていた犬が後ずさった。
「スネーク?」
他の犬達もジャックから離れ、静かに座ってスネークを見上げていた。
プカックと呼ばれた犬は、ジャックを起こそうと近づいたスネークの目を見ないようにしながら、首をあちこちに回している。
「お前さんにマウントしていいのは俺だけだ」
「…え……」
腕を取って立ち上がらせたジャックを、スネークが犬達に見せつけるように抱き締めた。
「犬に焼餅を焼く事は無いだろう?」
ジャックが呆れたようにスネークを見ると、
「あいつら、自分の気に入りには絶対匂いをつけるんだ。犬好きは大体初対面でやられてるが、マーキング用のおしっこは匂いを消すのが厄介なんだよ」
だから行儀よくさせておいたんだがと、頭を掻いた。
「俺は何にでも焼餅を焼くぞ」
スネークがジャックの髪の中に顔を埋め、低く笑うような声で言った。
「歯ブラシにも、ベッドにも、グラスにもフォークにも、お前に触れるものには全部焼餅が焼けて仕方がない」
ジャックは小さく笑いながら、スネークの背に腕をまわした。
焼餅と言いながら、スネークはジャックの過去について何も言わない。あの島でも、ここでも、スネークは過去の出来事に関して何も尋ねない、何も責めない。スネークにとっては、ジャックの過去は彼の中に残る小さな部分でしか無かった。今ここにいるジャックだけで、スネークにはそれで十分だった。愛し合う為に、過去は何の枷にもならない。ジャックの中が憎悪に塗れた過去に溢れていたのは、この間までの事なのだ。スネークも愛し守る者を持たない空虚は、既に過去のものだった。
「スネーク」
強請るように見詰める瞳は、深い深い森の中の泉。誰にも穢す事も殺す事も出来なかった無垢な魂がそこにあった。
ジャックは今まで眠り続けていたのかもしれない。非道の中に置かれても、魂は固く閉ざした殻の中に守られていたのかもしれない。そんな風に思えるほど、今のジャックには翳りも無かった。だが、それはそんな綺麗事で済ませる事は出来ないのだ。虐げられ、抑圧された虐待の日々が、ジャックに与えた傷は大きかった。人として当たり前の感情を、全て削ぎ落されてしまったようなジャックの心は、一人の男によって再構築された。形を留めないほどに破壊しつくされた心の欠片を、こちらも心などは体のどこにあるのだろうかと疑うような男が一つ一つ拾い集めた。
彼の笑顔が、彼の眼差しが、彼の声が、彼の腕が……、ジャックは神々しくさえ見えるスネークの顔を見上げた。戦いの中に洗い流されたような笑顔がそこにあった。
ずっと待っていたのは、この男だったのだろうか……。ジャックの瞼が、キスを待つように伏せられた。
恐怖と嫌悪に塗れた暮らしの中で、自分自身の手で生き抜くだけしか無かったあの頃から、いつか誰かがこの地獄から救い出してくれるのではないかと思っていた……。無力な子供が憧れるヒーロー。好戦的な衝動を植え付けるように見せられた映画の中には、常に強靭な肉体と精神を備えたヒーローがいた。こんなヒーローが、自分達を苦境から救ってくれるのではないか……、それがどれほど甘い事なのか、死んで行く自分と同じ年頃の子ども達を見ながら冷めて行った心。
だが、ジャックのヒーローはここにいた。生きた伝説と言われるほどの、本物のヒーローだった。あり得ないと思った存在は、ジャックを抱き締めて暖かい口づけをくれる。
「スネークを、待っていた……」
解かれた唇の間で、子供のような頼りない声が言った。
スネークはその言葉に、目を細めて笑みを浮かべた。
「ああ、待たせたな」
伝説のヒーローは深く優しい声で言って、ジャックを抱き締めた。
空は真っ青に晴れ、ここは真っ白な真っ白な世界だった。
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