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拍手下さった方、ありがとうございます!




↓最終回です。
 幸せな番外編を書くと思います。スネークをデレデレさせるのが楽しいです(笑

 オタコンはドアをノックしかけて、細いガラス窓から見えた中の様子に踵を返した。
 ……全く、スネークは少し自重するべきだよ……。まだ回診の時間では無い事だけが救いだと思いながら、オタコンはデイルームに避難した。
 病室の中では、怪我人のベッドに腰掛けたスネークが、当の怪我人を膝に抱えていた。右手を吊っているジャックを労わってはいるが、ほっそりとした腰を抱きよせ、首筋や髪に口づけている。
 ジャックもそんなスネークに身を任せ、安心しきったような顔を見せていた。……こんな光景を見せつけられては、オタコンは部屋の中に入る事は出来ない。オタコンの前に来たナースは、仕事でもあり躊躇なく病室に入ったが、流石に職業意識の高い人物だったらしくスネークは空気のように扱われていた。
「どこかに無人島でも探すか?」
 ジャックの耳に口づけて、スネークが尋ねた。
 ヴァンプの生死も行方も分からなかったが、ジャックはオタコンの操縦するヘリで島を離れた。ヴァンプが本当に不死身であったとしても、あれほどのダメージを受けていてはすぐにジャックを追う事は不可能だと思えた。
 ヘリでの応急処置は済ませたが、複雑骨折では医療機関に頼らなければジャックの肩に後遺症を残しかねないと言うオタコンの判断でそのまま病院に運ばれた。勿論、普通の病院では警察を挟まなければ裂傷と骨折のジャックを受け入れる事は出来なかったが、ここはメイ・リンに用意してもらった病院だった。合衆国海軍の管轄にある病院ではあったが、ジャックは民間人として受け入れられた。メイ・リンの海軍での地位を物語る配慮だが、オタコンもスネークもそれについては何も問わなかった。二人にとって、メイ・リンは素敵なバレンタインカードをくれる女の子だ。
 ジャックをここに運び込んでから、スネークとオタコンは近くのホテルに宿泊する事になったのだが、結局はツインで借りたその部屋にはオタコンしか帰っていなかった。スネークは、ほとんど病院を出る事は無く、ずっとジャックの側にいた。
 失った時間を埋め合わせるように、スネークはジャックの側を離れなかった。
 口にはしなかったが、ジャックがスネークを追い出してから、どれほど寂しく辛い日を送ったか、それは窶れたジャックの頬を見ただけで判った。傷よりも、緊張し続けた疲労で、ジャックの神経はすり減ってしまっていた。
 だが、ジャックの心に、以前のような痛みは無かった。スネークを受け入れる事を決め、スネークも自分を求めてくれる事を知り、ジャックの心で血を流し続けた傷は癒えた。
「無人島?」
 耳に直にかかる息がくすぐったいのか、微かに笑いを含んだジャックの声が聞き返した。
「ああ、今度は本当の無人島だ。俺と、お前しかいない島だ」
 スネークの深く暖かい声が、ジャックを包み込んだ。
「俺は……あんたのいる所なら、どこでもいい」
 ウェストに回された手に自分の手を重ねて、ジャックが答えた。本当にどこでもよかった、スネークさえいれば、それでよかった。
「それもそうだな。俺もお前がいればそれでいい」
 他の何も目に入りはしない……。スネークはジャックを抱きよせ、自分が暮らしていた寒い土地の話をした。一年中と言っていいくらい雪しかない場所、真っ白な大地が広がっている国の話に、ジャックは静かに耳を傾けていた。季節などは無いように思える土地でも、空だけは春夏秋冬を告げる、様々な空の様子の中でもジャックはオーロラの話に興味を覚えた。
「そこにあんたの家があるのか?」
 振り返ってスネークを見た瞳には、どこか子供のような色が浮かんでいた。
「ああ、橇犬もいるから管理人に頼んでる。すぐにでも住めるぞ。行ってみるか?」
 ジャックは大きく頷いた。スネークが暮らした場所に行ってみたかった。一緒にいられるならどこでもいいと思っていたが、ジャックは凍てついた土地に憧れるような思いを持った。
「傷が塞がったら、行ってみるか?」
「うん」
 甘えかかる猫のように、ジャックがスネークに額を擦り付けた。……何もかも、遠い昔に忘れてしまった感情だった。誰かに甘える事など、ジャックには無かったのだ。スネークはその仕草に目を細めた。
「ちょっと煙草を吸ってくる」
 ジャックの頭を撫で、スネークはベッドから降りた。流石に病室で煙草に火をつけたら、どんな事になるかは判っている。ベッドの真上にあるスプリンクラーを睨みつけた後で、スネークはジャックの頬にキスすると病室を出た。
 病院内で煙草を吸えるスペースはほとんど無い。スネークはエレベーターに乗ると、地下に下りた。リネン室やランドリーに紛れて、小さなガラス張りの部屋があった。
 スネークは毎日のように喫煙所に来ていたが、自分以外の人間に会う事は無かった。
 だが、今日は先客があった。
「やっぱり、ここには来ると思ったよ」
 紙コップの紅茶を飲みながら、大きな空気清浄機の前に座っていたのはオタコンだった。
「雷電の様子はどう?」
 一緒に取っているホテルにも、スネークはほとんど帰る事が無かった為に、オタコンはジャックの詳しい状況を知らなかった。
「見舞ってやればいいじゃないか?」
 モスレムに火をつけながらスネークが言うと、オタコンの眼鏡の奥の目許が赤くなった。
「病室に入りづらい環境を作ってるのは、君なんだからね」
 オタコンが何を言い出したのか…、スネークが訝しそうに見ると、赤面は眼鏡の外まで広がった。
「無自覚であれなら、本当に雷電の事が心配だよ、僕は」
 大袈裟に肩を竦めたオタコンに、スネークは片眉を上げた。
「君ときたら、若い恋人が出来て浮かれ過ぎのオヤジもいいところだったよ」
「なんだ?焼餅か?」
 スネークも大袈裟に溜息を吐いて見せた。
「これは僕の主観だけじゃないからね、きっと。雷電は休養を要するんだよ、少しは自重したらどうだい?」
 目の前で指を振っているオタコンを見るスネークの目は、嬉しそうに笑っていた。
「何をニヤニヤしてるんだよ。僕は雷電の為に」
「だからさ」
 煙草をもみ消したスネークは、オタコンの肩をポンと叩いた。
「あいつの事を心配する誰かがいるのが、俺には嬉しいんだ」
 一瞬ぽかんと口を開けた後で、オタコンは肩に乗ったままのスネークの手を振りほどいた。
「雷電の病室に言って来るけど、君は来ないでね。それ以上の惚気を聞く気は無いから」
 オタコンはそう言うと、微かな紫煙に曇った喫煙室を出て行った。
 スネークは、まだ嬉しそうにその背中を見送った。どんなに滑稽に思われても、構わなかった。ジャックが人として当たり前の扱いを受けている事だけでも、心の中が暖かくなった。きっと、…今まではジャックの事をそんな風に心配する人間はいなかったのだ……。
 スネークはもう一本煙草を出すと、それを咥えた。
 当たり前の日常。それはジャックだけでなく、スネークにもあまり縁のなかった事だ。だが、これからは違う。朝は暖かいコーヒーやベーコンの焼ける匂いに包まれ、夜には愛しい人の腕の中で安心して眠る、そんな当たり前の生活ができる。お互いに望んでいた小さな幸せが、二人の腕の中にはあった。
 モスレムの煙が沁みたのか、スネークが手の甲で目許を擦った。
 訳も無く泣きだしたくなるような幸せ、そんな物がこの世にある事は…ジャックは勿論、スネークも知らなかった。
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